料理人にできること
美食の聖地
サンセバスチャンからの伝言
シェフ 深谷宏治の新しい本
この度「料理人にできることー 美食の聖地サンセバスチャンからの伝言」という本を、柴田書店から上梓しました。
今まで多くの人からなぜ大学の機械科を出て料理人になったの?
なぜフランス料理でなくスペイン料理、それもバスクのサンセバスチャンで修業したの?
なぜバル街や料理学会、さらには日本で初めてのソシエダや美食カレンダーを作ったの?と聞かれました。
またなぜ35年前に首都圏でもない函館で、一戸建てのテーブルにクロスをかけ当時
公共施設にない車椅子用のトイレまで用意した日本中探してもない様な
スペインバスク料理の店をやったの?
なぜ生ハムやアンチョビー、ソーセージやパンだけでなく裏に自家菜園まで作ったの?
などと聞かれてきました。
4年ほど前、出版社の知人から勧められ、自分の歩んできた道を書き始め、
一度は諦めた時があったのですが、原稿を読んだ別のかたから
「これは面白いし出す価値がある、是非本にしましょう」と背中を押され、ついに発刊となりました。
レストランバスク、バル街、世界料理学会など私がやってきたことだけでなく、
なぜサンセバスチャンが美食世界一と呼ばれるようになったのか?
ルイス達、バスクの料理人がなぜそんなことを始めたのか?はじめに立ち会い、2年に1度は戻って変わる様を見ていたので自分なりに書いたつもりです。
これらのことに少しでも興味のある方がおられましたら、本屋さんに立ち寄った際、冷やかし半分にでも手にとってもらえれば嬉しいです。
私の店、レストランバスク、バルレストラン ラ・コンチャでも販売してます。
全国発売は、9月1日の予定です。
本の価格は、1800円「税抜価格」です。
よろしくお願いします。
レストランバスクの歴史
レストランバスクは、今から34年前の1985年にこの建物を作りスペインバスク料理を提供してきました。当時からいまと変わらない内装で、テーブルにはクロスを引き、ナイフフォークを並べ、一見するとフランス料理の店に見える、スペインのどこにでもある、少しゆったりした店です。
当時スペイン料理はいまと違いマイナーで首都圏にもほとんどレストランらしき店がなく、来店したフレンチのシェフや、料理評論家の方々から「東京ならまだしも、函館のような地方都市ではこのようなスペイン料理の店は受け入れられないだろう」と言われました。スペイン料理のイメージは、薄暗い中で、闘牛のポスターに囲まれ、フラメンコの音楽があれば、料理はパエジャやスペインぽい名前のものがあれば良く、美味しいものを食べに行くという対象になってなかったと思います。私は、日本に帰ってくるときルイスに「日本で店をやるときには、東京でなくお前のふるさとで、ここで修行したような本物のスペインバスク料理をやれよ」と言われ、もちろんそうするつもりだったのでこのようなレストランを作りました。
バスク人がいつきても納得してくれる料理をと思い、食材にもこだわりました。2000年まで輸入禁止で手に入らなかった生ハムを始め、シシトラ(スペインのソーセージ)、パン(周りのパン屋さんに頼んだけれど、どこも「そんなパン美味しくない」と言われ作ってもらえなかった)、アンチョビー、ガルム、そして猫の額ほどの小さな面積ですが自家菜園で野菜を作ってきました。チーズや、酢、そして林檎酒なども作ってみましたが、なかなか安定したものができなく、やめました。
おかげさまで、今では地元の方々だけでなく、日本中から多くの人に来てもらい営業しています。これからもスペイン、バスク料理がより多くの人に受け入られるようやっていきたいと思います。